9月30日(土)、コロナ禍で延期となっていた当社の創立50周年を祝う場を、過去当社を支えてくださった元社員の方々をお招きし上野精養軒にて内々に執り行いました。
併せて私、森裕子の退任式(退任9月13日)の場を設けて頂きました。
創業から54年。
理念を大切に、
ミッションを大切に、
新卒採用にこだわってきました。
今、若い幹部が新社長とともに理念とミッションを大切に、
リーダーシップをとって自分のおかれた立場で自分の花を咲かせるを基軸に風土創りに率先垂範しています。
まったく世間知らずの私でしたが、仕事を通して多くを学ばせて頂きました。
ここまで様々な形でお力添えを頂いた皆様ありがとございました。
深く御礼申し上げます。
とても楽しい祝賀会でした。
みなさんありがとうございました。
森裕子
なお、退任式の場で私が挨拶した内容を社員が記録してくれました。
僭越ながら、以下に記させて頂きます。
森 裕子 役員退任のご挨拶
50周年、実際は54年 早いものです。
何とか生きてくることが出来たのですね。
バタバタすることが次から次へと。
けれどよくのりこえてきました。
何故でしょう。
試実熱心ハチオウの心です。
恥を知れから発せられている五訓、
これが会社の理念になっています。
めずらしいことではないですか。
ミッションをかかげる会社がほとんどです。
ハチオウはその前に五訓です。
仕事が出来るようになるまえに、
一人の人間として恥ない人となる。
創業者の雅宜は、
「あたりまえのことをあたりまえに出来るようになろう」と、
70歳のお祝いの会に色紙にしています。
そしてミッション、
まさしく創業、誰もやったことのないことを
ビジネスにする仕組作りをしました。
パイオニアです。
パイオニアって開拓者、先駆者というのですよね。
化学の“か”の字もわからない中卒、その成績も最下位に近い人がそんな発想をよくしたものです。
それが当時の許可19品目を勢ぞろいして営業開始です
ハチオウのことを産廃のデパートと言う人もいました。
けれど今は原点にしぼりこんで化学物質に特化しています。
それはドラッカーの言う何をもっておぼえられたいかから発しています。
その結果化学物質のことならハチオウに聞けと役所の人にも言って頂いています。
森銀器を育て、森銀を創業、ハチオウを創業。
中卒の出来ない坊主がよくもここまでやったものだと思いませんか。
それって志しなのですよね。
30歳の時、業界でも指折といわれたおとうさんが61歳で亡くなり、7人兄弟の3番目、下に4人まだ在学中もいました。
「森銀器はもう終り」と嫁いでまもない私の耳にも入ってきました。けれどなんと銀行の人が私に言いました。「森銀器は雅宜さんがいれば大丈夫と。奥さんも頑張ってね」と。
銀行の人がそんなことを言ってくれるのですね。私は身が引き締まりました。
化学の“か”の字もわからない社長が化学物質の無害化処理という仕事をスタートさせます。
雅宜は、化学のことはわからない。けれど社会を見つめる目、大手が手を出さないオンリーワンをビジネスにする目をもっていました。
思いを形に、
工場・営業の仕組作りその行動が人の心を動かすのでしょう。
社外・社内の志しを共に有する人が集まるのです。
そう!
雅宜は誠実・熱心、志し高く、我身をすてるかのように仕事三昧、商売三昧、その働き方は言葉に言い尽くせません。
ですから家族のことなどまったく眼中にないかの如くでした。
私も森家の行末の不安でいっぱいでした。
私もまさよしが動き易いように全面協力をしてきたつもりです。
さてこれからが本題です。
そうした経過の上でハチオウを設立。
さあそこからスタートです。
一人一人の叡智が形をつくります。
そこで有形資産としてのささやかながらの施設が出来ました。
けれどそこに関わるのは人です。施設が全ての課題を解決出来るわけではありません。
それは人・人なのです。関わる人が沢山の恐い思いをしながら経験を重ねます。その積み重ねそれは一人ひとりの財産であることは基より、化学物質の廃棄という社会課題解決という財産です。これが無形の資産です。無形の資産は様々な形がありますがここではその説明はやめておきます。
ハチオウの財産は「人」ということが言いたいのです。
一人ひとりがその個性の上で財産となっています。それが花です。
次に、忘れていけないのは社会の人という財産です。
見積書も請求書もない社会の人という財産です。
この54年間に沢山の人が陰にひなたに応援してくださったのです。
それは皆さんにその都度紹介していないので申し訳なかったですが、会社の生死に関わるような課題が持ち上がったとき、裏にまわってサポートして下さった方がいたのだということをわかってください。
会社の中は社員が宝です。
会社の外では応援して協力して下さっているファンという宝です。
これもまさしく無形の資産と言えませんか。
どうして宝と言える社員が、社会の人が、宝となっていただけるのでしょうか。
ある時ある人に
「どうしてハチオウさんを応援するのですか?」と質問する人がいました。そうしましたら聞かれた方が「考え方がいいからね」と応えられていました。
うれしかったです。自信につながりました。
その基は何でしょうか。
経営理念です。五訓です。五訓とは生涯かかって利他の精神を学び自分のものにすることです。
仕事人であるまえに一人の人間として、
生意気でないこと、謙虚であること。
小さなやさしさを示せること。
こんな人同士で社会の求めること、お客様に向かうことが出来たらいいなと思います。
今、私は出光佐三研究会にお声がけ頂いて学んでいます。その関係で著書を何冊も読みました。
それで生きてらしたらボーイフレンドになってほしいなと言ってメンバーのみなさんに笑われています。
その出光佐三さんは、
「私は石油会社を作ったのではない。皆が仲良く力を合わせて困難を乗り越える大家族を作ったのだ。」とおっしゃっているのです。
ハチオウも小さな会社だけれどそのように出来たらいいなと思います。
さてこのたび会長・役員を退任して、
今後の私のことです。
皆さんにもらって頂いた「コウくんのおるすばん」をはじめの一歩として化学物質処理をする側の課題を社会とフレンドリーに推進することで社会のレベルをあげていく。
合わせて障がい者問題など、人に関わる課題を語り合い、おもいやり、やさしさと笑顔あふれる場作りを那須塩原のいぶし銀の里を「研究所」として様々な方々と交流やさしさの発信地にしていこうと思っています。
これからはじめの一歩です。
私は生意気な人は苦手です。
謙虚に、誠実に、懸命に
そして楽しく活動します。
興味ある方がいらしたらお声がけください。
雅宜が父親亡きあと志高く創業したハチオウ。
社会とともに笑顔が沢山産まれる会社となりますよう、祈念して、ごあいさつとさせていただきます。
ありがとうございました。
2023年9月30日 森裕子